デクラッチョ祭り動画に出てきた重要ポイントをの復習5回目、12回目と13回目の記事の復習、まとめです。
今回は12回と13回目の記事のまとめ、深堀りです。
イッチ動画のまとめ、復習5
12回目
詳細記事はこちらです。
去っていく出来事を見てやってきたと勘違いしているだけだった、同じ問題が何度も繰り返される場合は自分で作った輪のループにハマっている可能性あり、カルマの法則はハムスターの輪だった
前回話したように、私たちは毎秒常に思考すら無意識で選択しています。
イッチの話とそれを合わせてまとめると、その思考までを含む選択の連続がアニメフィルムのように時間を生み出しているということになります。
毎秒の何を考えるか、どう捉えるか、どう反応して意味付けするかなどの思考までも含む選択によってパラパラ漫画のコマが生成されるということです。
ということは、反応や捉え方が次のコマの元になるということになります。
そこまで含めて考えて思考をしている人はこの世でほとんどいないに等しいでしょうw
イッチの話では、選択肢は限られているので、1番から9番まで選んだらまた1に戻るということでした。

だから時間は輪だということです。
この世の構造として、いたるところにそのようにただぐるぐる回転するハムスターの輪が使われていることは確かです。

時計、四季、カレンダー、季節のイベント、流行などもそうです。そういうのをもっと細かくしたものが毎秒の思考に当たります。
今回の内容は、そのハムスターの輪の中で、私たちは未来と過去を混同しているというところからです。
●私たちは時間のループの中で未来と過去を混同している
そして、この時間のループの中で、お前らば未来と過去を混同する。
ハムスターの輪では、自分の位置は変わらなくて時間のループが輪になって回っているだけです。
なので、過去は過ぎたと思っていも、実際にはまた前からきているということです。
例えば、昭和という時代は終わりましたが、平成、令和とか新しい時代が前から やってきているように見えているけど、実は最初から自分の位置は変わってないので、去ったと思ったものが前からやってきているだけになります。
名前が違うだけで、令和は昭和や大正、明治だということですw
最近の最新ファッションでシャネルみたいのなが流行っているそうですが、見た目は思いっきり昭和ですw

平成、令和生まれの人はそれを知らないから最新だと思い込んでいます。
もっと突っ込むと、時代とかそういう様々なバリエーションは、バリアント空間の中に無限にあります。
しかし、無限にあるけどそれらは静的であって動いていないので、時代や流行が外側から来ているということではないということです。
バリアント空間の中にある無限のもの自体は動きません。
動いているのはトランサーフィンに出てくるパイプの話の製氷リングにあたる意識、思考エネルギーの放射パラメーターだけになります。
その前に、バリアント空間さえも内側の話なので「外側」というものはありません。
内側が無限で自分の主観が照らしたところだけが現実化してハムスターの輪の前から来ているということです。
私たちの意識は、ハムスターの輪のいつも同じ位置にいて無限の中から何かを選択をしています。
新しい別物を見たとしても、実際には過去に選択したことが前からやってきて、それを新しいものだと勝手に思い込んで見ています。
私たちは、過去に選択した時の思考についても、新しくやってきたものだと勘違いしている可能性があるといえます。
●時間のループの中で去ってく出来事をこれから来るという勘違いもしている
富士山の5合目にいる人間が、これから登るのか、下りてきたのか、パッと見ではわからないだろ。
同じように、去っていく過去の出来事を、これから来ると勘違いして恐れる。
富士山だけに限らず何でもそうですが、遠くに見えるものはこっちに向かってきているのか去って行ってるのかわかりません。
私たちが毎日現実で見ている周囲の現象もそれと同じだということです。
それを自分の思い込みで勝手に決め付けてしまうところが怖い所ですw
●勝手な思い込みや決めつけで小さな時間のループにはまる
その恐れが思考の量を増やし、また同じネガティブな出来事を現実化させてしまう。これが、小さな時間のループにはまる仕組みだ。
これは、トランサーフィンの誘導移行にもちょっと似ています。
誘導移行というのは、始めは野次馬として遠くから眺めているだけだったけど、興味を持ったり面白がって野次馬根性でその情報に首を突っ込んだら、自分までだんだん中に引き込まれて出られなくなって、自分が実際に被害を被る立場の被害者に突然変わってしまうという自然のエネルギー現象です。
例えば、悩み相談を聞いている時、始めは他人事だと思ってアドバイスしたりしていてなんともなかったのが、ある日突然恐怖や不安に襲われたり、その相談者同じ心境になってきて、自分にも同じようなことが起こり始めるということがあります。
SNS上の恐怖情報やお涙頂戴激の悲しいストーリーなどにもあるあるです。
これは、共感したり同情して相手の周波数にチャンネルを合わせて自分もそこに入ってしまったからです。
最初はただ通りすがりでパッとコメントしただけなのに、毎日そのチャンネルが気になって見るようになっていつのまにか毎日見るのが習慣になってしまうケースもそうです。
どのケースもその振り子に引き込まれてエネルギーを吸い取られてあっという間に信奉者にされてしまったからそうなっています。
これが物質世界の裏で起きている見えないエネルギーの恐ろしさです。
渦の中心に引き込まれると、アリジゴクのように出られなくなって制御が効かなくなります。
平衡力もそうですが、制御が効かないところまで行ってしまうのが、自然のエネルギーの威力のすごさ、恐ろしさです。

富士山の五合目の人がこっちに向かって降りてくるのか登っていくのかわからないというのも、誘導移行と同じで一番初めは遠くから眺めているだけの野次馬の位置です。
しかし、実際に富士山の五合目まで行って直接見てもいないのに勝手な決めつけで、こっちに向かってくるんだと捉えたり決めつけた場合は、こっちに向かってくることになります。
何でそうなるかというと、これはただ単に、特異点がそう決めつけたからそうなるというだけです。
自然界には何の意味もありませんが、人間という特異点が主観によって何かを意味づけすることで初めてその意味がもたらされます。
主観があって初めて何かに意味がつくということです。
遠くから見ると富士山の5合目の人がこっちに向かってくるのか登ってるのかわからないのと同じで去っていくものがやってくるように見える勘違いをしているという話に戻りますが、もし決めつけで恐れの意味づけをした場合は、恐れの思考が増えるため、当然恐れている内容が現実化します。
そのループにはまると、ハムスターの輪でずっと同じようなことが繰り返されるだけなので出られなくなるということでしょう。
下手すると人生がその小さな輪の中だけで終わってしまう可能性もあります。
時間と空間が輪である以上、お前が前に投げた石は、いずれ後ろからお前に返ってくる。
これをカルマの法則と呼ぶ。
これは、自分で過去に投げた石が前からやってくるということです。
しかし、トランサーフィンを読んでいるとカルマというものはないということがわかってきます。
なぜかというと、どんな説でも多角形の一面や一つの角からの視点に過ぎないからです。

1つの多角形全体を通して俯瞰すると、カルマがあることにしているという角が1つあるだけです。
元は1つで一元ですがこの世の作りは2元なので、その反対があります。
なので当然、カルマはないということにしている角もあるということです。
私たちは、無限にある多角形のどの角でも好きなのを選べます。
私たちがこの仮想現実に入ってきたときの初期設定というのはあることは確かです。
たぶんそれは、前回④ぬ時にいたセクターの断片の周波数がそのまま移行して別人になってスタートしているだけなのではないかと思います。
「無限」というのは限界や終わりがないことです。
世間にはいろいろな概念、理論、学問、偉人の言葉などが数えきれないほどあります。
どの概念にしても、それはそれもその人の主観が基準で、無限にある多角形の角の中の1つにすぎないので1つの概念が全てなわけがないということになります。
1つの概念だけが正しい、それが全てで真実なのであれそれこそ有限ですw
トランサーフィンの第一章バリアントモデルのところでゼランドは、各概念とか偉人とか理論、学問みたいなのは自分の説を主張することに必死で、それらは多角的視点の1つであることを見ていないようなことを言っていましたがまさにそれですw
「無限」とは、今もうすでにあるものを超えて、想像できないありえないようなことが起こりうるということです。
それがゼランドの夢の中の老人が言っていた「空にリンゴが落下する」という意味です。
これは、言い方を変えると、ほうきで空を飛んだり、スプーンが曲がったり(正確にはもうすでに曲がったスプーンのセクターに移動するだけ)、テレポートするなどの魔法みたいなことがこの世で本当にできるということです。
この世は夢の中なので、世間であり得ないと言われていることでも何でもできるというわけです。
だから「無限」なのでしょう。
しかし、その無限の力100%は、いきなり出てきたり使えませんのでご注意くださいw
私たちは通常、潜在意識の中にあるブロックによって制限されています。
その制限を作っているのが大衆の心、集団意識の常識と偽世界の世界観演出のオオウソの教え、エゴです。
エゴの認識内、個の範囲で考えているうちは無理でしょうw
なので、世間でどんなに絶対にそうなんだとか言われていることや、最高の境地、真理だとかいう説があったとしても、それこそが有限でありブロックそのものであって、個を超越したところではその先がまだまだ無限にあることになります。
臨死体験がまだまだ仮想現実の中だというのと全く同じですw
臨死体験というのは有限の中の小さな個の経験です。

それはまだまだエゴの体験ですw
こういう話で「悟りの境地」というものも思いっきり有限だということがバレてしまいましたw
「無限」というのは、その先が無限にあるということなので、これが頂点ですとか何らかの上限に達したり、一番上の位とかあるわけないということです。
それが今回の深堀による最新デクラッチョですw
カルマの話に戻りますが、カルマがあると信じる説もそれと同じなので、無限の視点うちの1つで、多角的視点の1つに過ぎないということです。
エゴが持っているブロックが外れてきたり緩んでくると、どんなことでもあり得る、この先はどうなるかわからない、どんな可能性もあるという考えになってきて、いくら有名人や肩書のあるお偉いさんが発表したとしてもそれも多角的視点の1つにすぎないなと見破れるようになってきます。
エゴは自我、この世を見るためのゴーグルとも言われていて、取り外すことはできませんが、エゴが習得した洗脳とブロックを外して手なづけ直すことはできます。
それがOSの書き換えと言われるものです。
洗脳プログラムの入ったOSを別の内容に書き換えるという感じです。
どうやってやるかというと、ただ理想の思考エネルギーの放射パラメーターを放出して別のマネキンに入るだけです。

13回目
●全ては時間と渦のドーナツ型エネルギーでできている
俺の頭の中に浮かんだこの世界の構造はブラックホールのような重量天体じゃない。むしろ、ボウルでかき混ぜたスープだ。
箸の回転が時間。スープの渦が空間。
全体としてドーナツのような形になる。
この時間と空間が共に回転している姿こそが、お前らが「地球」と意味づけているものの正体だ。
この世に実態がないことは確かですw
なので、この話からして、丸い地球というありもしない物質だけではなくて、目に見えている物質全ても時間と空間の渦のドーナツ型エネルギーでできていると思います。

先ほど話した誘導移行の渦もまさにドーナツですw
しかし、「ドーナツ型」というのも人間にわかりやすく表現したものなので、実際にイデア界でもドーナツ型であるとは限りません。
人間には見えない領域なのでどうなっているかは不明です。
この世は、絶対に人間には明らかにできないように作られているはずです。
この世のゲーム会社でもそう簡単に種明かしやクリアができないような内容を作っているので、数十億先の文明のゲーム会社ならもっとすごいことをしているのは当たり前田のクラッカーですw
人間にこの世の外が絶対にわからないようになっているというのは、この動画の話に近いものがあります。
絶対に人間に明かされることがないそれを人間レベルまで落としてわかりやすくすると、ドーナツ型という言葉で表現に落ち着くというのがイッチの地球はドーナツ型だという話です。
今紹介したこの世界はアイコンだという動画では、幾何学模様の話とか出てきていますが、それすらも人間にとってわかりやすくしただけのことなので、実際にイデア界で同じ模様なわけないと思いますw
バリアント空間、情報フィールドにあるものは、直接言語化できないというのが真実と言えます。
バリアント空間、情報フィールドにあるものは、潜在意識、個人の魂みたいなポイントを通過して、それを理性が言語化してやっと初めて理解できるようになります。
バリアント空間、情報フィールドにあるものは何かを通して言語化しないと表現できないので、そのために人間がいるという感じです。
バリアント空間から好きな無限の可能性を取り出してそれを表現する役者が人間、台本の中の登場人物だと言えます。
この世の製作者は、無限のバリアント空間にある素材を取り出して自由に表現する生命体を作ったということでしょう。
それが私たち人間です。
●この世には無限の意識の中にあることだけが出てきている
物理法則だって、お前という人間意識がなければ動かない。
物理法則や科学的な証明も全て、バリアント空間という無限の意識の中から引っ張り出したものだということです。
要は、この世にあるもの、見えているもの、見えないけど法則があるとわかるようなものも全ては無限の意識の中にあることしか出てきていないということになります。
夢の中の登場人物や起きる出来事、内容は全部自分の意識が作っているという話を思い出すと非常に納得がいきます。

夢の中では、やかんに水を入れて火にかけても、お湯にはならないだろ。
夢の中でそんなことはやったことがないのでわかりませんが、夢で起きる出来事も台本でできているので、お湯になる台本とならない台本があることは間違いないでしょうw
「お湯になれ」と意味付けして初めてお湯になる。
意味付けして初めてお湯になるというのは、意味付けによって初めて現実化するからです。
夢の中には時間がないからだ。
夢の中には時間がないので、意味付けをしないと現実化しないということでしょうか。
それは現実でも同じです。
今私たちが見ている現実も、実際には時間はありませんw
3次元の物質世界の構造的には、時間があるという世界観になっています。
まず、世界観とその世界の裏の実態の違いを知っておくことも大切です。
世界の裏の実態というのは、イデア界視点のことです。
イデア界視点にすると、実際にはこの世はホログラムで実体自体が存在していません。
だから時間はないということです。
時間がないということは、選択、コマもないので、次のステップの映像が出てこないということだと思います。

だから、意味付をして意図的に次のコマを作る(実際にはバリアント空間からそのコマが入っている台本を選ぶ)しかないということになります。
だから寝ている時に見る夢はすぐに終わってしまうのかもしれません。
夢の中でめちゃいい内容が起きてずっと続いて欲しくてもすぐに途切れて目が覚めたり他の全然関係ない映像に切り替わってしまいますw

そのことからも寝ている時に見ている夢はバリアント空間にある無限の断片のコマだけがバラバラに出てきている感じがします。
トランサーフィンでも、夢の中で魂がセクターを飛び回っているみたいな話があったような気がします。
●観察者、投影の仕組みによってこの世は成り立っている
この物理次元で法則が成り立つのは、お前という観察者がいて、投影の仕組みがあるからだ。
この世の構造、真実、人生で起きる出来事とかの謎は、「観察者(今の自分のこと)」と「投影の仕組み」というのがかなりのキーポイントです。
その2つでこの世は構成されているということです。
さらに、この世にあるもの、起きる出来事などは全部無限の意識1つから出てきているものですが、どこに視点を置くかで意味が全然違ってきます。
それこそ無限のバリエーションが作れるので、個人の人生に関しては、自分の視点、位置を常に把握しておくことが非常に大切になります。
視点の位置は、大きく分けて2つです。
1つは台本の中の登場人物視点、もう1つはイデア界視点です。
登場人物というのは、ゲーム内のキャラクター視点です。
イデア界視点というのは、ハイヤーセルフ、魂、俯瞰、メタ認知のことです。
本当の自分とも言われたりしますが、実際には本当の自分もいないので、本当の自分探しの旅に出るのはやめましょうw
余計なことをするとまた別のハムスターの輪ループに入ってしまいますw
タフティではプレゼンス、みつあみを起動した状態とも言われています。
何かに対して大変だとか難しい、何とかしないといけない、思い通りに動かしたい、人にああしてほしい、こうしてほしい、やめてほしいとか、成長しなくてはならないと思ったり、汗水血を垂れ流して努力をしていますとか言って外側のことをコントロールしようとしているなら登場人物です。
起こることにいちいち反応しないで、他人事や水槽の中で何か起きてるな程度で気にしない、深入りしない、期待しないのがイデア界視点です。
イデア界視点になった時にだけ、台本以上の力を持っているので台本を交換することができます。
どういうことかというと、その時はアバターとしての3次元の物質の人間ではなくて、それを超越した数十億年先の文明の高次元にいる自分の視点に戻っているということです。
私たちの肉体はこの世にある陽に見えていますが、本当の正体は別次元にいますw

イデア界視点がなぜ今起きていることに対して焦ったり気にしないのかというと、今現在流れているものは過去で今はもう変えられない台本だとわかっているからです。
お前が重力を感じれば、その感覚が投影されて、他人にも重力が適用される。
こうして法則が生まれるんだ。
これも一瞬何を言っているかわからないかもしれませんが、特異点である自分が何かを感じたり捉えたり決めつけたらそれが投影されて映像になるということです。
特異点は、自分の王国の王であり自分の王国の創造主、決定者だからです。

この続きは次の記事になります。
