大衆の心とは

あらゆる問題解決をするには、潜在意識の中にある大衆の心の存在を知っておく必要があります。

大衆の心とは?自分の心ではない、人と共通の集団的無意識

大衆の心は、別名で集団的無意識集団意識群集心理とも言われたりします。意味は、どれも同じです。自分個人ではない、人々の集団の意識ということです。

潜在意識活用法の講演者であるジョセフ・マーフィー博士の本に出てくる大衆の心という言葉は、不幸に向かうネガティブな破壊的な感情や思考のことを表しています。

集団的無意識の中には、昔から伝わる伝統や古代人の知恵などの良い情報もありますが、ほとんどが、宇宙の真理とはかけ離れた、ネガティブで破壊的で不幸に向かう不快な内容のものです。

 

大衆の心は、自分の心ではない

地球上の全員が共通している心である、集団的無意識を共有フォルダというイメージで見た場合、大衆の心は、どこの馬の骨かわからないような他人とも共有している大衆の共有フォルダになります。それは、個人の誰の心でもない心です。

大衆の心は、どこの馬の骨かわからないような他人とも共有している大衆の共有フォルダです。それは、個人の誰の心でもない心です。社会での噂、世間での言い伝え、評判などがあてはまります。

 

大衆の心は、恐怖をもとにした考え

大衆の心の中にあるものは、社会での噂、世間での言い伝え、評判などがあてはまります。過去の歴史からのでたらめな言い伝えや推測、なんの根拠もなしにただ、「社会の常識」「誰かが言うからダメ」「一般的にはおかしい」「どう考えたって無理でしょ」「医者は、国民の健康のために働いてくれている」「体に悪いものが製造されるわけない」「テレビがウソをつくわけがない」などのように、世間に広がっているただの情報になります。

毒親のように人の自由を奪って支配するような内容、可能性を潰し成長を止める内容、マスコミのように金もうけ目当てでブームや流行りを作ったり、人をネタにしてバカにするような噂で盛り上がる情報、工作員による恐怖を植え付ける情報がわかりやすい例です。

大衆の心は、否定的で不快、不幸に向かう破壊的な感情です。

 

大衆の心で考えて決断すると不幸、不安、不満、限界にぶち当たる

大衆の心の中で物事を考えて、大衆の心を基準に決断すると、不幸、限界、妥協、欲求不満、不安、限界にぶち当たります。
なぜかというと、それは、本当の自分の魂からの声を基準にしていないからです。

人生での苦しみは、大衆の心に支配され、破壊的な感情の奴隷になってしまうことから起こります。

潜在意識を使って、人生の問題を解決するには、いつも最上級の力である無限の力の目線で考える必要があります。平均的、破壊的な要因になる大衆の心の考えで、考えているときは、不安や恐怖、劣等感、妥協など本音で望んでいない不完全燃焼の感情に付きまとわれることになります。

簡単に言うと、大衆の心とは、見えない心というものを無視して、表面的な物事で考えたり決めつける層のことです。

この図の全体の意識の内の5%以下で決めつけている場合は、大衆の心で考えているということになります。

「もう駄目だー!おわりだー!どんどん悪化してしまう!」と言っているときは、5%以下で決めつけています。実は、95%全然大丈夫なのに気づていないだけです。

 

集団的無意識でも古代からの知恵など良いものもある

集団的無意識は、一概に全部悪いものではありません。古代人の思念、知恵もたくさん詰まっています。それが継がれていき、現在の研究、開発が発展できるということもあります。誰かが、一番初めにフグを食べて毒で死んだからこそ、フグは毒を持っていることが分かり、後の人々が、気を付けることができるようになりました。そのように受け継がれていく情報や伝統も集団的無意識の中に入っています。

地球上の人間が、地球が闇の支配から解放されるという同じ平和を考えることは、集団的無意識です。そう思う人が増えれば増えるほど、集団的無意識の中に、闇から解放されるエネルギーが蓄積されていきます。そのように集団的無意識は、良い方に使うこともできます。

 

闇は、大衆の心の住人からエネルギーを吸い取って生きている

それとは反対に、恐怖もすぐ伝染します。大衆の心の破壊的なエネルギーは、非常に強いのです。それが、闇の支配と洗脳の力を高めます。

毒のある人間は、大衆の心の奴隷

世の中には、冷酷で、愛のない特殊な人間がいます。その人たちは、毒親、毒教師、毒夫、毒妻、自己愛性パーソナリティー障害(ナルシスト)、潜在的攻撃性パーソナリティー(マニピュレーター、カバートアグレッション)、サイコパスなどと言われています。

そのような人を支配して、いじめたり苦しませることを喜ぶ人間は、大衆の心の破壊的な感情の中に住んでいます。

毒人間は、自分の辛さを他者に対して攻撃することで、自己陶酔して劣等感を満たしています。自分より、弱い人間を低めれば、自分が優れていて勝っているような気になっています。しかし、そんなことは、毒人間にとって何の解決にもなっていません。

もし、周りに毒人間がいたら、正面から相手にするのはやめましょう。離れて関わらないのが一番です。

潜在意識を味方につけて、人生を快適にやっていくには、大衆の心の毒素から離れることが必須になります。

 

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