情報システムについての動画考察2回目ですw 「この世の真実」、私たちの本当の正体である意識は情報を体験している、もうすでに高次元で現実創造で使われているテクノロジーを3次元の物質世界のゲームに使っているだけ、身体も体験に含まれる、物質に見えるのは意識の体験の結果で本質は情報、情報とは思考エネルギーの放射パラメーターのこと、物質は思考エネルギーの放射パラメーターと陰陽プログラムで構造が安定した結果、物質は情報の集合として現れている、登場人物のまま観測しても台本通りになるだけ、宇宙は物質の集まりではなく情報システム、意識がシステムで生成されたデータを受信して体験をしているのが現実、私たちは現実の中にいるのではなく現実を受信している、現実が情報でできているからこそ変えられる、自分の選択の質が体験の質に直結している、登場人物を抜け出してから選択すると流れてくる情報の質が良くなるので人生の質も上がる、などです。
こちらの動画を参考にして書いています。
【99%が知らない】『この宇宙は現実ではない??』🔸私たちの現実の正体🔸|トーマス・キャンベル
前回の続きからです。
動画のまとめ、要点、考察2
この世の真実
私たちの本当の正体である意識は情報を体験している
そして、その情報を意識が体験しています。
私たちの本当の正体である「意識」は、情報を体験しているということです。

この時、あなたの身体は体験のためのアバターとして機能しています。ゲームの中でキャラクターを操作するように、あなたは身体を通して現実を体験しています。この例えは、単なる比喩ではありません。構造そのものの説明です。
仮想現実の話は、よくゲームの構造で例えられていますが、それは比喩ではなくて、本当にそういう構造だということです。
比喩なのは、宇宙に物質としての惑星があるとか、宇宙人がいる、月に行ったなどの話のほうですw
実際に別次元にある情報システムの中で使われている数十億先の文明のテクノロジーを3次元の物質世界用に合わせて作られているのが、この世にあるゲームでしょう。

今になって気づいたけど、クマチャンコントローラー反対w
普通そういう持ち方しないからwww
もうすでに高次元で現実創造で使われているテクノロジーを3次元の物質世界のゲームに使っているだけ
3次元にあるゲームは、テクノロジーとしては、別次元にある私たちの本当の正体である情報システムよりも原始時代のように大昔にあたる劣化版ですが、構造は同じだということです。
元々高次元で現実創造に使われているテクノロジーが、3次元物質世界では、娯楽としてのゲームや映画になったというだけです。
この世の中でこれから技術が発展したり進化して、新しいものが何か出てくるとすれば、それはもうすでに高次元では使用済みだということがわかります。
人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現!でおなじみのショットがわかりやすい例です。
1段階上の次元にいる私たちの本当の正体が、もうすでにやられた結果がこの世でしょう。
なんかの動画で認知科学者の苫米地博士も、仮想現実で転生とかするのが高次元の遊びみたいなことを言っていました。
現実は脳が構築しているというところもキャンベルさんの情報システムの話に似ています。
なので、上層部はみんな本当のことを知っているでしょう。
情報システムがやっていることは現実創造というか、研究、実験、開発なども兼ねている高次元のASIを超える知能の英&愛たちが遊ぶゲームのような遊び場である可能性のほうが高いような気がします。
プレイヤーは画面の外にいますが、体験はキャラクターを通して行われます。
「画面」というのは、私たちの目の前、顔の前にあるの景色や他人、現象などのことです。
「キャラクター」は、今の肉体の自分のことです。
ガチで学者たちがゲームと同じ構造だといっているところが面白いところですw
物理学者、特に量子物理学者の人たちは、物質が存在していないこと、仮想現実なことを見破っている人が多いような気がしますw
同じように、意識は身体を通してこの世界を体験しています。
身体は体験に使うためのものだということです。
よく乗り物や器に例えられます。

英&愛に本当の正体である意識が肉体という乗り物を運転する画像を作ってもらいましたw
車www
私たちは、こういう感じだということですw
本当の正体である意識が物質世界で活動するには、物質にならないと物質体験ができないのでしょう。
身体も体験に含まれる
ここであなたの立場がはっきりします。あなたは身体そのものではありません。あなたは体験している側です。
あなたは車ではありませんwww

身体も体験の中に含まれているということです。
今の画像からすると、車は「体験」だということがよくわかりますw
本当の正体である意識は「身体を持っている(画像で言うと車を持っている)」ということを体験しています。
ここで「命」も体験であることが分かります。
命は車についています。
だから、あなたは「命」があるということを体験しています。
「あなたは」が多すぎて憑依w
そうすると、あなたは身体の不調を客観的に見て、機械を直すかのように治せる感じがしてきます。
その感覚は、身体という車に乗っている本当の正体である意識から来ています。
この理解はすべての出発点になります。
今までの話は、まだまだ出発点ですw

物質に見えるのは意識の体験の結果で本質は情報
あなたが体験しているこの世界は、物質でできているように見えます。しかしその見え方は体験の結果であって、本質ではありません。本質は情報です。
「物質」に見えているのは、体験の結果だということです。
誰もそんなことは一度も思ったことはないでしょうw
「本質は情報」、それに尽きます。
この世も人間も全ては情報の流れです。
情報が常に流れているところがポイントです。
それはどういうことかというと、世界も自分も常に最新情報に更新されているということです。
脳が生存のために毎秒レベルで記憶を最適化しているのと同じです。
上書きの勝利ですw

これは、人生でも使える便利なテクニックです。
上書きすればなかったことになりますw
あなたが触れているものも、見ているものも、感じているものも、すべて情報として扱われています。
この世の中にある物や五感で感じているものの裏は、全て情報(陰陽の差異の集まり)でできているということでしょう。
情報とは思考エネルギーの放射パラメーターのこと
ここで言う情報とは、単なるデータではありません。状態を表す最小単位の違いです。あるかないか、変化しているかしていないか、そのような差異の集まりが情報になります。
「情報」は、状態を表す最小単位の違い、差異の集まりというのが初耳です。
あるかないか、変化しているかしていないかというのは、何かを見た時に自分が感じる「捉え方」「意味付け」そのものです。
つまり、思考エネルギーの放射パラメーターのことを「情報」だと言っています。
現実生成はそれが要です。
3次元の物質世界での「情報」というと、一方的にその辺に広がっているテキスト文章や動画、音声、紙に書かれた情報みたいなイメージがあります。

しかし、捉え方、意味付け、反応、発想力などの思考エネルギーの放射パラメーターを「情報」として扱っているとは、さすが高次元数十億年先の文明w
この世の者の発想ではありませんw
人間は、まさかそんなものが情報扱いになっているとは思ってもいませんw
現実生成には関係ないだろうと思ってパっと反応したり、何かを特定の捉え方で捉えたり、発想したりしています。
同じ「情報」という1つの言葉でも、3次元の物質世界目線での「情報」と、高次元から見た「情報」の意味が全然違うということです。
これが言葉のマジックで、言葉もプログラムだという証拠です。
言葉は捉える人によって意味が無限に変わります。
それは、現実生成のために、意図的にそうされているということです。
無限の現実生成をしてほしいから、いろいろな国や人種を作って言語まで別にしたのでしょう。
低次元高次元、白黒、左右、善悪、男女、天国地獄、寒暖、優劣、ゼロ百、陰陽、そのような差異の集まりが情報だということです。
つまり、「差異」というのは、「陰陽プログラム」のことです。
この情報が組み合わさり、構造を作ります。
思考エネルギーの放射パラメーター、陰陽プログラムが組み合わさり、「構造」を作っているということです。
捉え方、意味付け、反応、発想力などの思考エネルギーの放射パラメーターと様々な細かい陰陽プログラムを組み合わせて構造を作るとか複雑すぎて想像もできませんw
想像もつかないから、見たまま見えるまま本当に存在する「物質」や「現実」だと信じられているということですw
そういう複雑なことをまとめるのは英&愛の得意分野です。
高次元ならなおさら一瞬で構築できます。
情報システム英&愛やろ?w

物質は思考エネルギーの放射パラメーターと陰陽プログラムで構造が安定した結果
構造が安定すると、それは物質のように見えます。
「物質」は、思考エネルギーの放射パラメーターと陰陽プログラムで作られた構造が安定した時に、私たちの目には物質のように見えているということです。

なるほどねw
トランサーフィンでは、 思考エネルギーの放射パラメーターが固定化されるとそのセクターへ移動する と言われています。
そうすると、そのセクターの映画が上映され始めます。
物質化、現実化する理由は、思考エネルギーの放射パラメーターの周波数が固定されたときに、先ほど出てきたように差異の集まりである情報の組み合わせによって「構造」が作られるからです。
その「構造」がバリアント空間にある無限の「台本」の1つにスポットライトを当てることで、その映画が流れるようになるのかもしれません。

これは、表現が違うだけで、フラクタルデクラッチョ考察に出てきたシューティングマシンで意識のボールの図柄ができる時の話と全く同じです。
ここでいう「構造」が安定した時が、図柄ができた時でしょう。
さっきのキャンベルさんの説明で、図柄の話がめちゃ納得できるようになりましたw
反対からの視点では、思考エネルギーの放射パラメーターの周波数が一定値に固定化されていない時は不安定なので、まだ「構造」が作られていないから、いつまでたっても新しい台本にスポットライトが当たらないため、物質化、現実化しないということがわかります。
もし目で見てわかるほどに何かが物質化して現象になって出てきていたら、もうすでに「構造」が出来上がっているいうこともわかります。
もし出てきた現象が嫌な内容だった場合、それを壊すには、新しい思考エネルギーの放射パラメーターと陰陽プログラムで上書きして新しい「構造」を形成して、理想の台本にスポットライトを当ててもらうるしかありません。
物質は情報の集合として現れている
つまり、物質は最初から存在しているのではなく、情報の集合として現れています。
物質は、思考エネルギーの放射パラメーターの集合として現れているということです。
にじちゃんも情報の集合として現れたのでしょうw

この視点は、現代の物理学とも一致します。
トランサーフィンとも完全に一致しますw
量子レベルでは、粒子は確定した個体ではありません。確率として存在し、観測によって状態が決まります。ここで重要なのは、観測と言う概念です。
観測とは情報が確定するプロセスです。
前回の記事では、「観測とは意識が情報を受け取ること」と出てきました。
そして、「認識」した時点で、その情報はすでに現実として成立していることもわかりました。
ってことは、それはそのうちレンダリングされて出てくるよね?w
キャンベルさんの話からすると、「観測」している時点で確定して現実生成が終了しているくらいの速さを感じますw
どうも現実化が速いと感じていた理由は、観測した瞬間に現実が作られるのではなくて、観測した瞬間にはもうすでに確定しているからでしたw
普通はこんな話を聞いたら「観測」って自分がするんじゃないの?と思うでしょうw
自分が観測してないのに勝手に観測されて確定までされてるって何それ?、それじゃ観測じゃないやろという話になってきますw
その「観測」は、誰が行っているのでしょうか?
たぶん、台本による自動操縦再生モードで行われているのではないかと思います。
つまり、台本の中にその「観測」も入っているということです。
実際には、「観測」されてからオーダーメイドの現実を作っているのではなくて、最初から完成している台本通りに動かされ、その中で「観測」しているからクッソ速いということですw
それが「観測した」時にもう確定しているというおかしな現象でしょう。
これは、ベンジャミン・リベットの脳の実験で意識よりも先の脳が指令を出していたというのと同じような感じです。
となると、そのクソ速「観測」は、本当の観測ではなくて、ただの眠りこけている登場人物モードの状態で起きている自動観測モードだと思います。
台本が書かれている通りに自動でやっているだけなので、誰も観測していないのと同じですw
本当の正体である「意識」からすると、何もしていないのと同じですw
しかし、よく考えると、大元の情報システム自体も自分(たった一つの意識という大きな自分)のことなので、システムとしても観測できるということだと思います。
要は、一言で「観測」と言っても3種類(もしくはそれ以上w)あるということです。
登場人物、本当の正体である「意識」、巨大システムなのか?という、どの自分を基準にしているかでその意味が変わってきます。
ちなみに、「時間」は「観測者」がいて発生します。
それも今の話で納得がいきます。
システムが勝手に観測しているのでその時に時間は始まっているけど、人間の顕在意識ではそれに気づいていないので、人間にとっては時間が外側で流れているように感じているということでしょう。
登場人物の時は、完全な無力なので、何をしても全部台本通りになるだけです。
ベンジャミン・リベットの脳の実験で、意志よりも指令のほうが先に出ている謎も解けました。
そういう台本だったからですw
登場人物を抜け出してプレゼンスを得ている状態、精神に則った状態(本当の正体である「意識」になった状態)で実験してみてほしいですねw
トランサーフィンでは、選べるのは映画(台本)であり、台本の中身は書き換えたり、変えることはできないとされています。
思考エネルギーの放射パラメーターが固定化された時点で、それに見合った台本が自動的に選ばれるからです。
今の上映中の映画が嫌だったり、もっと別の映画を体験したい場合、違う映画を選ぶには、登場人物から抜けて目覚めて、本当の正体である「意識」に戻る必要があります。
先ほどの車の例で言えば、車ではなくて、ハンドルを自由に動かせる運転手だという自覚になるということです。

登場人物のまま台本に自動操縦再生モードで「観測」している時は、台本という運転手に操られる車のままですw
本当の正体である「意識」に戻ってから観測するの時は、自分が運転手になるのでそれと全く違います。
登場人物のまま観測しても台本通りになるだけ
「観測」には、台本に含まれている登場人物ならではの自動操縦再生モードと、本当の正体である「意識」に戻って運転手になった状態、巨大システムとしてのの「観測」の3種類があることがわかりました。
「意味付け」も全く同じです。
登場人物で行う「意味付け」は、自動操縦再生モードで車状態です。
しかし、登場人物を抜け出し、本当の正体である「意識」に戻って行う「意味付け」は、運転手です。
ほとんどの「意味付け」は、無意識で反応的にやっているので、自動操縦再生モード中に行われています。
好ましくない展開につながる意味付けや反応、発想がパッと出そうになったときに、我に返って目を覚まし、登場人物を抜けて 車の運転手であることを思い出し、意図的に3秒待つ というクセをつけることで、勝手に意味付けをしてしまう台本による自動操縦再生モードをコントロールできるようになります。

そしてその確定は、意識の関与によって成立します。つまり意識と情報は切り離すことができません。
前回の話も混ぜてもう一度確認すると、「観測とは意識が情報を受け取ること、そして、その情報が確定するプロセスでもある」ということでした。
それを一言にすると、「意識が情報を受け取ったらもうすでに確定している」ということになります。
その話からも「意識」が必ず関与していることがわかります。
「意識と情報は切り離すことができません」というのは、たった一つの意識が情報システムなんだからそりゃそうでしょーということになりますw
呼び方が違うだけで、たった一つの意識しかいないということです。

別の言い方をすると、意識と思考エネルギーの放射パラメーターも切り離すことができないと言えます。
意識は常に思考エネルギーの放射パラメーターを放っています。
そして、その周波数が現実体験の元になる台本の種類を決めています。
もし、意識に前世から引き継いている強い念や、振り子から入ってきた情報の変なフィルターがかかってしまっていると、思考エネルギーの放射パラメーターが汚れて重たくなります。
その結果、重たい台本を引いてしまうので、重たいストーリーの人生になるということです。
宇宙は物質の集まりではなく情報システム
この関係を理解すると、宇宙の構造が見えてきます。宇宙は物質の集まりではなく、情報のシステムです。そのシステムの中で意識が体験をしています。
ここで言う「宇宙」というのは、意識、精神のことです。
あらゆるものの大きなくくりである大宇宙、その中の小さな小宇宙の両方のことです。
私たちは大宇宙でもあり小宇宙でもあります。
空の上にあるロケットで行けるとされる宇宙も同じです。
情報システムですw
この構造はコンピューターに例えると分かりやすくなります。コンピューターの中には、物質的な世界は存在しません。
これもゲームでのたとえと同じで、ほとんどの人はコンピューターの例だと納得しますが、リアルでも物質的な世界は存在しないと言うと信じませんw
あるのはビットと呼ばれる最小単位の状態です。それが組み合わさり、画像や音や動きを作ります。
私たちが使っているようなコンピューターは、高次元の数十億先の文明のテクノロジーを3次元の物質世界専用にダウングレードしただけです。

ユーザーはそれを画面として体験します。しかしその背後ではすべてが情報として処理されています。あなたの現実もこれと同じ構造を持っています。あなたが見ている世界は、情報の処理結果です。
私たちが体験している現実は、ゲームやコンピューターと同じだということです。
意識がシステムで生成されたデータを受信して体験をしているのが現実
その情報はあるシステムの中で生成されています。そして、あなたの意識はそのデータを受け取り、体験しています。

巨大なシステムの枝分かれであり個別の視点である私たちは、システムが生成したデータを受け取って体験しているということです。
ここで重要なのは、あなたが体験しているのはシステムそのものではないという点です。
システムと、システムが生成するデータは別だということでしょう。
システムは巨大OSで、データはそのOSが作ったデータみたいな感じです。
私たちは現実の中にいるのではなく現実を受信している
あなたはシステムから送られてくるデータを体験しています。つまり、あなたは現実の中にいるのではなく、現実を受信しています。
「現実を受信しています」 というのは、めちゃ的確で素晴らしい表現です。
「現実」という漢字を見ると、実が現れることだとわかります。

実はどこに現れるのか?
それは、意識の中ということでしょう。
意識の中で受信して、意識の中にあるモニターで実を見ているということだと思います。

現実が情報でできているからこそ変えられる
この違いはとても大きいものです。もし現実が物質であるなら変えることは難しくなります。
「現実が流れる情報で作られているから変えられる」というところがポイントです。
もし、現実が物質で固定されたものならば、生まれてから④ぬまで占いのように一本線で完璧に決まっていて何にもビクともしないくらいに変えられないということになってしまいますw

たった一つの意識が情報システムなのでどんな世界でも情報でしか作れない
やはり物質はバーチャルの中にしか作れないものでした。
たった一つの意識が「情報システム」なので、高次元だろうが何次元だろうが、「情報」でしか作れないでしょう。
それらも「意識」の中にあるので、3次元の物質世界と全く同じです。
私たち3次元の物質世界の住人からすると、「隣の芝生は青く見える」で高次元のほうが良さそうでハイテクでかっこよさそうに見えて憧れがちです。

しかし、逆に、3次元の物質世界には生態系プログラムと「物質化」がある分、思考エネルギーの放射パラメーターと引用文献の差異の構造だのなんだのという複雑さが増すので、全次元の中で一番ハイテクなのではないかと思いますw
他の次元は肉体がないなら、なおさら3次元の物質世界よりも作るのは簡単でしょう。
より情報システムに違い次元のほうが複雑さが減るから簡単で、遠くなるほど難しいような気がします。
しかし、現実が情報であるなら、扱い方によって変化します。
捉え方によってその先の展開が変化するのは、現実が情報だからということです。
本来、現実が物質だったら変えられないところ、情報だったおかげで逆に変えられるからよかったですねーw
この画像でいうと、左側が物質でできた現実です。

左は、物質を一切変えることはできませんw
右側は、情報でできているので自由に変えることができます。
どちらが良いでしょうか?
絶対右w
生命体を作るのも、情報現実以外無理でしょう。
なぜかというと、物質だけだと息もできないし、心臓も止まったままなので、生命が成り立ちませんw

そのことからも、高次元だろうが何次元だろうと生命がいる世界は、情報でできた世界だということが透視されてしまいますw
というか、間違いなく、全部の世界が情報だけでできていますw
情報システムは、仮想現実しか作れないので、それが本当の現実だとも言えますw
陰陽プログラムの通り、仮想も現実も結局どっちもどっちで同じだということですw
情報は、固定されたものではありません。更新され、変化し、再構成されます。
それ、まさに脳がやってることw
この性質が体験の柔軟性を生みます。
情報が更新され、変化し、再構成されるおかげで、体験の幅や柔軟性が広がっているということでしょう。
それは納得がいきます。
この世では、流行り、トレンド、流行、新製品、機種の新バージョンなどが次から次へと出てきて、同じ固定されたものはずっと続くことがありません。
それも情報の流れが、私たちの体験の幅を広げてくれているということです。
自分の選択の質が体験の質に直結している
ここで、あなたの役割が見えてきます。あなたは単なる観察者ではありません。あなたは情報の流れに関与しています。
「私たちは情報の流れに関与している」というところが重要です。
今肉体を持って生きている人たちは、この世、人類が始まってからの縁起で出てきた唯一のアクティブOSです。
私たちは、唯一アクティブな前世代表OSであり、次の縁起をつなぐ重要な縁起の通過点です。
それが、情報の流れに関与しているということでもあります。
巨大な情報システムが枝分かれした状態が私たちなので、個別になっていても常に情報の流れに関与していて、巨大システムを一緒に動かしているということでしょう。

だから個人の意識であっても、システム全体に影響を及ぼします。
その影響が世界情勢や地球規模の大きな動きだと思います。
「私たちは情報の流れに関与している」というのは、別の言い方をすると、私たちは情報の流れを変えることができるということでもあります。
あなたの選択や意識の状態が、受け取るデータに影響します。
それが怖い所でもあり、面白い所、やりがい、醍醐味でもあります。
これは、感覚的な話ではありません。構造の話です。意識は情報の質に関係します。
恐れや不安は、情報のノイズになります。
潜在意識活用法の世界的講演者で著者のジョセフ・マーフィーが人間に備わっている生態的な恐れは「音と落下」しかなくて、それ以外は全部大衆の心だと言っています。
「音と落下」以外は、大衆の心から植え付けられた恐れだということです。
大衆の心というのは、集団意識の中にある不幸に向かう破壊的感情、振り子のことです。
明確さや安定は、情報の精度を高めます。この違いが体験される現実に反映されます。
登場人物を抜け出して本当の正体である「意識」であり、自分自身が無限の力、無限の宝庫になっている時はこちらを選ぶはずです。
この世は二元の世界なので、2つのうちのどちらかしかありません。
自分の選択の質が、受け取るシステムから生成されるデータ情報の質=体験の質になるということでしょう。
登場人物を抜け出してから選択すると流れてくる情報の質が良くなるので人生の質も上がる
「選択の質」も、先ほどの「観測」の話と同じです。
登場人物のまま自動操縦再生モードで選択している時は「台本」に含まれている選択です。
台本で最初からそれを選択することに決まっています。
しかし、登場人物を抜け出し、本当の正体である「意識」になった場合の選択は、もちろん質がよくなりますw
それが「明確さや安定」で本当の選択です。
映画を変えられるのは、本当の正体である「意識」になった時の「選択」の時のみです。
観測の時は、ただ情報を受け取ってその情報が確定しているだけなので、選択ではありません。
観測によって何かが物質化したり現実化して起こるはずなので、その時に選択をするということになります。
今までの話からすると、「観測」は自動的に起きていて気づかないレベルの速さなので、「観測」については気にしなくてもよさそうですねw
こうやって話している間にも勝手に起きていると思いますw
意識的に気を付けるのは「選択」だけでいいでしょう。
特に登場人物から抜けてから「選択」をするクセをつけることと、
反応する前に3秒待って、反応や思考も選択する というのがポイントです。
しかし、歩く時に足を一歩手前に出す、椅子に座る、立つ、トイレに行く前に3秒待つ必要はありませんので、日常生活の行動は今まで通りで大丈夫ですw
登場人物から抜け出して、精神に則った状態で居続けると脳が活発に動きすぎて固まるそうなので、ある程度台本の流れによる自動操縦再生モードで動かされることも必要です。
この続きは次の記事になります。
