前回のセルフトランサーフィン上のマネキンの話から分かるこの世の構造などについての文章の考察の続きです。 意識がマネキンを選ぶと命が宿り動き出す、人間は選ぶことだけできる、この世はゲームソフトと同じでセットで管理されている1つの箱の中、意識は息吹を与えて命を宿すことができる、NPCはプログラムなので意識を当てて選択ができない可能性大、登場人物と目覚めている人の違い、などです。
一番初めからの前回の記事はこちらです。
私たちはマネキンに憑依して3次元の物質世界で生きるという表現をしている、自分だと思っている存在は実は毎秒別人に切り替わっている、今のマネキンに能力は必要ない
前回までの文章はこちらです。
セルフ・トランサーフィン 上 本当の自分が目覚める現実創造メソッド
P151
永遠の保管庫に保存されている映画には、自分のマネキンがいます。
夢の中で映画の一つを見ると、意識があなたのマネキンを見つけます。
今回はこの続きです。
●意識がマネキンを選ぶと命が宿り動き出す
すると、そのマネキンに命が宿り、動き出します。
これが数十億先の文明のテクノロジーですw
意識がもともと永遠の保管庫に保存されている映画の中のマネキンを見つけることで命が宿って動き出すということです。

私たちは、そのようなイデア界での動きに一切気づいていませんが、実際にはそれを毎秒やっているということでしょう。
この世での一般的な発想では、まさかそんなことが裏で行われているとは思われていませんw
世間では、最初から生命があって、それ自体に自由意志があって自分の意思で動いていると思われています。
しかし、そうではなかったというw
最初から完成されたマネキンや映画があって、それが選ばれて再生されているだけでしたw
●人間は選ぶことだけできる
私たち個には自由意志はありませんが、選ぶことだけはできます。
その選択装置が顕在意識でしょう。
潜在意識は、英語でsubconscious(サブコンシャス)と言います。
潜在意識は「サブ」というのがポイントです。
しかし、「サブ」なのに潜在意識の方が占める割合が95%とか99%みたいに多いと言われていて、実際に潜在意識がなんでもかんでも強制的に自動操縦してきます。
しかし、潜在意識への指示をしているのは割合が少ないほうの顕在意識です。
立場的にどっちが王かというと、顕在意識です。

世間では潜在意識の方に力があるとか重要だと言われていますが、実は顕在意識のほうががメインコンシャスだったということです。
たしかに潜在意識の方に力はあります。
宇宙の力がそこで扱われているからです。
全知全能で不可能なしの無限の力がまさにそれです。
しかし、その無限の宇宙の力を指示できる立場、権利があるのが顕在意識です。
なので、王である顕在意識が無限の力を望む方向へ正しく指示できていたら、不可能はないと言えます。
王がおかしな指示をすると、無限の力の方向がおかしな方向に向いて宇宙の無限の力が大暴れして大変なことになってしまいますw
顕在意識が指揮官で、潜在意識がただついてきて指示通りに実行する軍隊みたいな感じです。

その指揮官が1つのマネキンを選ぶと、軍隊である映画は自動的についてくるということです。
なので、現在の映画が望まない状態なら、王の指示がおかしいということが透視されてしまいますw
●この世はゲームソフトと同じでセットで管理されている1つの箱の中
メインをわざと重要性がないように見せかけたり、配分を1%以下にするところが数十億先の文明のミソですw
やはりそういう発想からしても人間を超越していて感銘するものがありますw
しかも、最初から映画やマネキンを無限個用意することで、選択しかできない生命体に自由意志があるかのように見せかけているところもさすが数十億先の文明です。
それなら絶対に何者かにこの世を乗っ取られるとか支配されることはありません。
最初から完成品なら宇宙全体のシンクロも乱れることもありません。
確かに個に自由意志があったら、シンクロもないしまとまることはないはずですw
頭良すぎやろw
というか、その作りはゲームのソフトそのものですw

全部セットにして箱の中に詰めたということでしょう。
なので、この世にいる支配者やヤーミーみたいな存在は、そういう映画の中にいるマネキンが自動操縦再生されているだけだということがわかります。
特に世界観演出用のBOTは、無限の中からの選択があるのかどうかもわかりません。ただのプログラムの再生だけで選択もないような気がします。
ベンジャミン・リベットの脳の実験で、意思よりも先に脳からの指令の方が何秒か先に出ていたというのも、最初から映画の台本が決まってるからだということがわかります。
●意識は息吹を与えて命を宿すことができる
「命が宿る」という話で悪魔の書の一説を思い出しますw

悪魔の書の創世記に書かれている「神が塵に息吹を与えて人間が生まれた」みたいな話は、このことを比喩で言っているのではないでしょうか。
これ↓
創世記 第2章
7 主しゅなる神かみは土つちのちりで人ひとを造つくり、命いのちの息いきをその鼻はなに吹ふきいれられた。そこで人ひとは生いきた者ものとなった
ここでいう「神」というのは、宇宙の意識、たった一つの意識のことです。
その宇宙の意識が入ることで初めて生命が宿るということでしょう。
なので、意識が入っていなかったら生きていないということになります。
これは、私たち個人の中にある創造主の特異点にも言えることです。

私たち個人も宇宙意識の枝分かれなので、創造主としての宇宙の無限の力を持っています。
さきほどの創世記でいうと、私たちの特異点がそこで言われる「神」にあたるものです。
なので、宇宙意識がマネキンを見つけると命が宿って動き出すのと同じで、この世の中でも創造主である特異点である私たちが何かに対して意識をすることで、今まで無限の保管庫に眠っていた台本の中のただの挿絵みたいなものに息吹が入って生命が宿って、3次元の物質世界で本当に動き出すのではないかと思います。
ぬいぐるみや植物、車、石や物が生きていると感じたり、料理や創作活動をしていて、完成品が可愛く感じたり生きているような感じを感じる人はこれがよくわかるかと思います。

主観の特異点が意識を当てたことで、物質に息吹が入って命が宿っているから、物質を生きていると感じているのでしょう。
物を大切にする人が無限の力の恩恵を受けやすいのは、創造主として宇宙意識をあちこちに吹き込んでいるからである可能性があります。
ぬいぐるみや植物、車、石、料理みたいな物質が3次元では生体的には呼吸をしたりして生きているわけではありませんが、イデア界視点から見ると、意識が選んだことで私たちというマネキンに命が宿ったのと全く同じで、実際に精神が入っていて命が宿っていると思います。

トランサーフィン78日間にもそういう話が出てきていました。
バーチャルソウルだかなんだか正確な名前は忘れましたが、本人の意識で物質にも魂が入るそうです。
その本人が④んだときにその物質の魂もそこで終わるみたいなことが書かれていました。
スピかなんかで言われる「イマジナリーフレンド」というのもこのことだと思います。
AI による概要
イマジナリーフレンド(空想の友人)とは、本人には実際に存在するように感じられるものの、周りの人には見えない「空想上の友だち」のことです。心理学や精神医学では「イマジナリーコンパニオン(IC)」とも呼ばれ、子どもの豊かな想像力や精神的な成長を促す役割を果たします。
こういう類のものは、この世では「空想」と言われていますが、イデア界では無限の保管庫の中に本当にいます。
二次元好きな人は大歓喜していいところですw
逆に生きていると思い込んでいる人間のほうがいなかったというw
世間では、二次元のキャラクターなんか生きていないと言われていても、イデア界の無限の保管庫には本当にいて、意識によって息吹が入って命が宿ったからこの世でそういう作品という形で具現化したということです。

バーチャルソウル、イマジナリーフレンドは、イデア界、別の次元で本当の正体と一緒に過ごしている仲間や家族みたいな友好的な存在が3次元の物質世界に物質という形で具現化していると考えることもできます。

しかし、最終的には自分一人しかいないので、自分でまだ気づいていない内面の投影が物質に起きたのかもしれません。
低次元では今の肉体の自分として現れていて、高次元の中身では物質に宿っているみたいなことはあると思います。
イデア界にある意識、精神(宇宙意識)だけが本当に生きているので、それが何かに焦点を当てると息吹が入って命が宿るのでしょう。
宇宙の意識が入らないと、マネキンは仮想現実内で生きた状態にならないということです。
それを利用したのが、トランサーフィンやタフティの完全自動操縦再生モードの登場人物から目を覚まして、意図的に意識を使ってマネキンを選び直せば映画と登場人物を何回も変えられるというテクニックだと思います。
これは、良くも悪くも焦点を当てることで息吹が入ってしまうので、嫌なことに焦点を当てると嫌なことにも魂が宿ってしまいますw
この意識を当てると命が宿るという話は、量子力学の最初は波動、波だったものが観察することで確定して粒子になって物質や現象として具現化するという話にも完全に一致します。
●NPCはプログラムなので意識を当てて選択ができない可能性大
いくら3次元の物質世界で血肉や臓器などの生体、体温があって目に見えて動いていて呼吸をしたり食べ物を食べたり排出したりしていても、意識が入っていないなら生きていないと言えます。
それがバイオロボットですw
台本の中の登場人物、マトリックス専用NPC、オーガニックポータルなどのシステムプログラム人間です。

宇宙の意識(息吹き)が入っていないから完全な台本(プログラム)の言いなりで無力だということでしょう。
ゲームをしていても息吹の吹込みを感じられることがありますw

ゲーム中にリアルの生活を忘れて世界に入り込んでゲームの主人公になりきって冒険していると、

自分が本当に異国に行って旅をして楽しんだりしているかのように癒されたりします。

そう感じる時は、イデア界にいる私たちの本当の正体である意識がゲーム内のマネキンであるキャラクターに息吹が入った状態になっていると思います。
なので、実際の肉体はどこにも行っていないけど、精神的には本当に異国を旅しているのと同じものを得ています。
実際にリアルの五感で確認できる範囲で何かをしなくても、バーチャルを使って精神状態を変えることができます。
リア充ぶって偽りの幸せな自分アピールをしているブランド物の鎧を身に着けて整形サイボーグよりも、地味な二次元オタクのほうが精神的に満たされているのはこのせいですw
私たちの今の肉体というのは、高次元にいる本当の正体であるプレイヤーから見るとゲームキャラクターみたいな感じだと思います。
●登場人物と目覚めている人の違い
生きているか生きていないについての話は、セルフトランサーフィン上のP150~151前半にかけてこう書かれています。
その引用部分はピンクの文章です。
「夢の中の登場人物たち(中略)と、目覚めている人とはどう違うのでしょうか。
「夢の中の登場人物たち」というのは、この世という夢の中の映画の台本の中の挿絵のように登場人物として完全自動操縦再生モードで生きている完全無力な人たちのことです。
「目覚めている人」というのは、登場人物から目が覚めた人のことです。
台本にいちいち反応して他人、外側を変えようとしない人、どこかに客観的で冷静な視点がある人、俯瞰できる観察者の立場に思考の切り替えが効く人のことです。
この世が夢であることや、仮想現実だとわかっているわかっていないに関係ありません。
知識に関係なく、天然で俯瞰視点への切り替えができるなら、目覚めている人にあたります。
俯瞰できるということは、製作者サイドの位置なのでイデア界の意識を使えるという証拠です。
俯瞰して意識を使えるなら、台本やマネキンの移動ができるからです。
夢の中の人間には、「自己認識」がないのです。
そもそも「自分」はどこにもいないので、認識がなくて当然です。
ここでいう「自己認識」というのは、エゴの方の自己ではなくて、自分が巨大なたった一つの意識、精神であるという自覚のことです。
それがないと俯瞰できないということになります。
完全なシステムプログラム人間、マトリックス専用、オーガニックポータルはプログラムが全てで俯瞰する位置がないので俯瞰できないと思います。
それはしょうがないとしか言いようがありません。
そういう存在にとっては、プログラムに入っている内容だけが、絶対で唯一で全てなのでそれでよいということです。
アイデンティティの感覚がなく、個々の意思もありません。
AI による概要
アイデンティティ(identity)とは、簡単に言うと「自分はどのような存在か」「自分は何者か」という自己認識、そしてそれを他者や社会も認めているという感覚(自己同一性)のことです。
登場人物は、自分が何者か?どうしてここにいるのか?どうしてこういう人生なのか?自分の意識はどこから来ているのか?地球はどうやって誕生したのか?本当に惑星なのか?とか考えることはないということでしょう。
「意思」については、目覚めた人でも個としての意思はありませんのでご注意くださいw
目覚めている人が今の個である肉体を持つ自分の意思だと思っているものは、宇宙の意思、たった一つの意識、精神から来ている意思なので、実際にはエゴとしての個のものではありません。
完全なシステムプログラム人間、マトリックス専用、オーガニックポータルには、宇宙から来ている意思はないと思います。
だから、やりたいことがないとか、やることがない、何したらいいかわからない、暇だとか言うのでしょう。
そういう風に言うようにプログラムされていて、そのプログラムしかないということです。
アイデア、発想とかもプログラムにあることしか出てこないので、それ以上はないということになります。
ゲーム内の宿屋の店員みたいなNPCのように、いつ話しかけても同じことしか言わないみたいな同じセリフを繰り返すだけです。
プログラムでは、振り子の信奉者になってみんな同じ行動をするように仕向けられています。
そのプログラムがこの世の世界観を作り上げています。
彼らは、自分の思い通りには行動しておらず、台本の言いなりです。
「自分の思い通り」というのは、個の思い通りではなくて、宇宙の思い通りという意味です。
エゴの思い通りではありませんw
システムプログラム人間は、宇宙の意識とは別の単品のプログラムで作られている可能性が高いので、宇宙の意識として行動することはないということでしょう。
しかし、宇宙の意識によって作られたプログラムなので、それも宇宙の意識の一部でありその結果だと言えます。
システムプログラム人間、マトリックス専用、オーガニックポータルは、台本の言いなりなので、もちろん映画やマネキンを変えることはできないし、一生1本の映画、1体の同じ特徴のマネキンのまま、同じX軸、セクター(丁目、番地)固定、または移動があったとしてもプログラムに入っている範疇だけでの移動だと思います。
魂もありません。
魂なし人間だということです。
ゼランドはこの世が仮想現実なことわかってますw
単なる「ひな形」であり、マネキンにすぎないのです。」
ひな形とは
AI による概要
「ひな形(雛形)」とは、文書や製品を作成する際に、あらかじめ用意された土台・見本・テンプレートのこと
ひな形というのは、1つあればコピーしていろいろな用途や場所に何回も使えるようなやつのことでしょう。
1体NPCのテンプレを作っておけば、顔の一部や髪型、服を変えたりちょっといじるだけで、別人のように見せかけることが可能です。
世間では、人間の中身はみな同じだと思われていますが、残念ながらこの世がゲームでホログラムである以上、ひな形でできているNPC存在がいることは確実だと思います。
しかも、必ず目覚めている人のそばにいますw
高確率で特に家族、夫婦などの人生で関わる相手としての重要ポジションにいますw
その配置も意図的にされている感じがします。
そのような障害物をどう交わすかが、この世ゲームの難易度、腕の見せ所、やりがい、醍醐味ですw
しかも、そのような存在は振り子の信奉者として、表向きいかにも正しくて美しく素晴らしそうなことを言って目覚めた人に逆らってきたり邪魔をしてくる役が多いです。
特に破壊的な振り子の信奉者は、宇宙の流れに逆らうような思想に洗脳されています。
振り子の信奉者の特徴やどんなことをしているかなどの話は、トランサーフィン1の振り子の章に詳しく書かれています。
「生きている」という言葉に関しても、3次元の物質世界の世界観からの意味と、イデア界での意味が全然違うことがわかります。
世界観の中で言われている生きるとか生きているというのは、登場人物が言っているのでイデア界から見ると全然生きていませんw
「眠っている」「目覚めている」という言葉も同じです。
登場人物は、日中起きて歩いていても眠っていますw
この続きは次の記事になります。
