私たちはマネキンに憑依して3次元の物質世界で生きるという表現をしている、自分だと思っている存在は実は毎秒別人に切り替わっている、今のマネキンに能力は必要ない

今回は、セルフトランサーフィン上に書いてあるマネキンの話を取り上げたこの世の構造の話みたいな感じです。永遠の保管庫に映画があってマネキンがいて私たちはそのマネキンに憑依して3次元の物質世界で生きるという表現をしている、1つの変わらない自分という個体がいるのではない、自分だと思っている存在は実は毎秒別人に切り替わっている、デジタルならではの良さを活用しよう、今のマネキンに能力は必要ない、移動したマネキンは過去も違う全くの別人、今入っている1体のマネキンと台本は変えることはできない、変えられない一体のマネキンに執着して直そうとしている時は登場人物なので完全な無力、思い込みのせいで毎秒似たようなところしか移動していない、などです。

 

「マネキン」という言葉は、タフティにも出てきましたが、トランサーフィン上にも出てきていました。

この世の構造としてもわかりやすかった文章があったので、今回はそれについての話です。

 

紫の文章がセルフトランサーフィン上からの引用部分になります。

 

●永遠の保管庫に映画があってマネキンがいて私たちはそのマネキンに憑依して3次元の物質世界で生きるという表現をしている

セルフ・トランサーフィン 上 本当の自分が目覚める現実創造メソッド 

P151

永遠の保管庫に保存されている映画には、自分のマネキンがいます。

「永遠の保管庫」というのは、バリアント空間(別名で情報フィールド、量子場、無限の宝庫)のことです。

「映画」というのは、初めから完成しているストーリーのことです。

私たちの人生で体験することや起こることはその映画です。

その映画は始めから台本通りに決められていて完成しています。

人間たちは自由意志で動いて人生を歩んでいるように感じていますが、実は台本通りに自動操縦再生されているだけです。

私たちは、その台本を3次元の物質世界で表現する表現者だということです。

世間で言われている「人生は最初から決まっている」というのは、そのことです。

しかし、実際には、世間がそう言って一生決まっているんだと思い込んでいるように、1つの映画で一生が一直線で決まっているわけではありません。

無限の保管庫に置かれている映画は「断片」です。

断片は、1つの原因から結果までの小さなくくりでできています。

その人の主観で見た世界や物事、事象の捉え方が原因になります。

思考エネルギーの放射パラメーターのことです。

その断片をつなぎ合わせたのが、一本線に感じている人生のラインだということです。

「断片」の上映中はその中身の内容を変えることができません。

そのことを世間では「人生は最初から決まっていて変えられないもの」だと勘違いされているわけです。

しかし、実際には「断片」なので、今現在流れている映画が嫌であれば、これから起こる内容を別の映画の断片にすり替えることができます。

その乗り換えをするのがトランサーフィンです。

 

「マネキン」というのは、映画の中に出てくる登場人物のことです。

私たちの本当の正体である「意識」はそれに入って、映画(夢)の中で生きているという疑似体験をしています。

マネキン(登場人物)は、意識(私たちの本当の正体)が入っていない時は、もぬけの殻のただの挿絵みたいな空っぽの存在です。

その時の台本は非アクティブ状態で、映画館は閉店状態です。

しかし、私たちの本当の正体である意識がその挿絵のような空っぽのマネキンに入ることで、その映画がアクティブ化し映画が上映されます。

映画が動き始めると、私たちの意識は映画という3次元の物質世界のホログラムの中で登場人物として生きているという疑似体験をします。

こういう話をすると、何言ってんの?と思われるかと思いますが、これがこの世の裏の構造、人生の裏にある動きで確定していいと思いますw

 

今の話は、ゲームで例えるとわかりやすいです。

プレイヤーがゲームプレイをしていない時、ゲームの中のキャラクターはゲームのプログラムの中にソースコード(記号や数字の集まりの情報)として入っています。

その時は、単なる情報なので目に見える形になっていません。

プレイヤーがゲームのスイッチを入れると、キャラクターが画面に現れます。

そして、画面上にそのキャラクターが見えて現れます。

さっきまで数字、記号の羅列だったソースコードが、形になって具現化した状態です。

プレイやがーがコントローラーとかでそのキャラクターを動かすと、生きているかのように動き始めます。

この世、私たちの人生の構造もそれと同じだということです。

 

●1つの変わらない自分という個体がいるのではない

一般世間で言われていたり、真理だと思い込まれているこの世の構造は、今の話とは全く違います。

一般論では、世界という1つの場所に自分という一つの個体がいて、その個体がいろいろ頑張ったり成長していって変わったり、何かをして達成したりして一本の人生ラインを体験していると思われています。

ゲームでも一見表向きのモニターに映っている映像はそう見えます。

しかし、構造は全然違います。

そのキャラクターは固定でずっとそこにいるわけではありません。

実際にはモニターに細かいドットの集まりで表現されてそう見えているだけです。

キャラクターの情報や構造はソースコードがプログラムの中にあります。

電源を入れてプレイヤーがコマンドを選んだり操作をすることで、キャラクターのプログラム情報が切り替わって、モニターに必要な情報だけレンダリングされて映されています。

キャラクターや背景、出来事などは、その瞬間にだけ生成されて出てきています。

この世もそれと全く同じだということです。

「プレイヤーが操作する」というところが、「意識が操作をする」になっているだけです。

その意識というのが、3次元の物質世界ではない外側というか上位の次元みたいな別のところにいる可能性が大です。

なので、今までの考察からしても、私たちの本当の正体は別次元にいて、3次元ゲームをやっていると思ってていいと思いますw

しかも、意識が無限にある映画の断片の中から1つの断片を選んで、その台本の中の登場人物に憑依していたという想定外の状態でしたw

人間たちが「自分」だと思い込んでいるのは、無限にあるマネキンの1つに過ぎないということです。

細かく言うと、マネキンは毎秒の映画とマネキンの断片で何度も切り替わっているので、一人につき一生に一体のマネキンではありません。

それこそ数えきれない数になるでしょう。

その切り替えがコマとなって時間の流れを生み出しているというわけです。

無限の保管庫では全てが重ね合わせで順番がめちゃくちゃなので、わざとコマを発生させて並べてストーリーを作って楽しむという世界を疑似体験しているということだと思います。

 

●自分だと思っている存在は実は毎秒別人に切り替わっている

この世にいる「自分」に見えているものは、意識がマネキンに憑依して次々とマネキンを移動し続けているコマの連続だということです。

「自分」という一つの固定された個体ではなくて、意識が台本の中のマネキン(登場人物)に憑依して、毎秒いろんなマネキンを移動し続けることで、一人の人物がいるかのように見えているというのがオッタマゲーションポイントですw

それも脳の錯覚、補完作用を利用されているはずです。

 

トランサーフィンとは関係ありませんが、実際には、毎秒よりもそれ以下の細かい小数点以下の刻みで切り替わっているという説もあります。

その人が言っている内容もトランサーフィンのこの話と完全に一致しているので、誰でも1秒後は別人だというのは本当でしょう。

小数点以下とかは細かすぎるのでそこまで気にしなくてもいいですが、約1秒ごとに別人なので、別人のマネキンに憑依したらマネキンごとに過去やたどってきた経験などももちろん別物だということになります。

二重スリット実験の今が変わると過去まで書き換えられて変わってしまうというのはこのことです。

常に最新が最新というのはまさにデジタルの特徴で、脳の記憶も常に生存のために常に最新に書き換えられていますw

「記憶」というのは、完全に起きた通りあった通りのことを記録している録画ではなくて、脳が常に勝手に書き換えて最新に更新されていたというのも笑えますw

そういうところからしても、この世で「完璧」「正確さ」「正しさ」とか「過去」にこだわるのは非常にアホラシイことだというのがよくわかりますw

過去の話してても、脳はとっくに書き換えてて常に最新にされていますw

だから、「過去」というのは本当にないわーというのがわかりますw

 

 

●デジタルならではの良さを活用しよう

この世がそのようなデジタル構造だというのが、ガンみたいな不治の病が次の日消えるみたいな奇跡的なことが起こる理由でもあります。

このデジタル性を人生に活用しない手はありません。

使わないともったいないw

なんでもうまくいく人はこれを天然で使いこなしています。

この世の構造とか知らなくてもできる人は自然にやっています。

それが、思考の切り替えの早さです。

切り替え力がある人はすぐ他のマネキンに飛ぶから、理想のマネキンに切り替わってうまくいくようになるというわけです。

 

●今のマネキンに能力は必要ない

これもまた世間では理解されない内容ですが、マネキンの乗り換えでおもしろいのは、今のマネキンに能力は一切必要ないとところです。

1秒後にどうせ移動するんだから、今のマネキンがどういう状態だろうと関係ないということです。

移動先のマネキンにその欲しい能力があればいいだけですw

どういうことかというと、今その能力がなくても、これから欲しい能力を持ったマネキンに飛べるということです。

しかし、世間では、今の自分に能力とか才能、知識とかないとこの先やっていけないとか、完璧にしないと次にいけない、成長しないといけない!このままではいけない!と思い込まれているので、今のマネキンにその能力とかを付けようとしています。

今のマネキンはそういう才能だということがもう固定されて完成しているので、それは無理ですw

必要なのは、そういう能力を身に着けることではなくて、そういう能力を持ったマネキンが別にいると信じてそこに移動するという決意、選択だけです。

ここが世間では信じてもらえないポイントになりますw

 

●移動したマネキンは過去も違う全くの別人

ガンが翌日消えていたみたいな奇跡が起こるときは、意識が腫瘍がないマネキン(データ)に移動したから、いきなり次の日なくなっていたということです。

移動先は最初から腫瘍がないマネキンなので、腫瘍を作る細胞を持っていたという過去もありません。

全く別人のマネキンだから切り替え後はもう腫瘍ができなくなるということです。

できなくなったというよりも、移動先の新しいマネキンはもともと最初からそんなことにならないマネキンだということです。

今までは良いパターンの話でしたが、もちろんその反対で嫌なマネキンにも移動することはあります。

どっちに行くかは、思考エネルギーの放射パラメーターによります。

暗く思い周波数なら、今より悪化したマネキンに移動しますw

 

●今入っている1体のマネキンと台本は変えることはできない

世間では同じ「自分」という一体の存在が努力をしたり修行をすることで成長してだんだんと変わっていくと勘違いされています。

しかし、最初から決められていて変えられない台本を持つ映画の断片と同じで、1体のマネキン自体は変えることができません。

トランサーフィンで変えられるのは、上映されてない部分だけです。

この先流したい映画の台本とマネキンを前もって用意することで、この先だけを変えられるということです。

過去に比べて「自分」が変わったとか成長したとか何らかの変化を感じている場合は、実際には意識がマネキンを移動したからです。

まずは、この発想を落とし込む必要があります。

この発想が製作者側の視点、高次元から見たテクニックになります。

 

先ほどのガンが急に消える奇跡の話のマネキンでいうと、移動のガンであるそのマネキンは、映画の中でずっとガンであるという役柄や体質で固定されているので変えることはできないということです。

ここに執着してはいけませんw

それに執着してなんとかしようとするのは、3次元の物質世界の世界観、登場人物としての発想です。

製作者視点、ハイヤーセルフ視点、メタ認知、本当の正体からの俯瞰視点で見ると、3次元ゲームの人生全般において何かうまくいかないなら、今意識が入っているのがうまくいかないマネキンだからだということは一目瞭然ですw

なので、そのうまくいかないマネキンを直そうとしないで、さっさと別のに入ってしまいなさいということです。

本当の正体としては時間はありませんが、3次元の物質世界を疑似体験する時間は限られていますw

変えられないマネキンを変えようとして抗う時間があったら、次のもっといいマネキンに移るほうがはるかに得ですw

抗ってエネルギー浪費して心身共に疲弊している間に、いくつもやりたいことを実現したり、のんびりリラックスして過ごしたり快適なことを満喫できるでしょうw

 

●変えられない一体のマネキンに執着して直そうとしている時は登場人物なので完全な無力

変えられない1体のマネキンに執着して直そうとしている間は、登場人物です。

自分に対してだけではなくて、環境、他人、世界、出来事の動きを変えようとしている時も同じです。

登場人物の時は、状況や出来事に支配されて完全自動操縦再生モードされています。

その時は、外側の事象が自分より力を持ってしまっているので、個としては完全な無力です。

登場人物だと無力になるところが、この世ゲームの重大ポイントですw

完全無力な中でいろいろと達成したり、リラックスして幸せを満喫できるわけがありませんw

登場人物で居続ける場合は、そのままのシナリオに書かれている通りに行きつくところまで行くということです。

しかし、逆に行きつくところまで行ってしまうほうが、早く次の切り替えに進むから良い場合もあるので、必要に応じてそれを逆利用することもできます。

それは人によって、ケースバイケースなので本人が何を望んでいるのか話を聞かないとなんとも言えないところがあります。

首の皮一枚で傷つかずにうまくやろうとしないで、台本に逆らず流れに任せて、早くその原因結果の断片を終わらせてしまったほうがいいケースがあるということです。

落ちるところまで落ちたからこれ以上落ちることはない、伸びしろしかないみたいな感じですw

ちなみに、自分がそうなりたかったマネキンがいる素晴らしい内容の台本の登場人物になって自動操縦再生モードされる分には何の問題もありませんので、そのまま行ってくださいw

この世は二元なので、常に選択は、快適か不快かのどっちかしかないということです。

ゼランドは衰退か成長しかないと言っていました。

「成長」という言葉もコードワードなのでナチョス文化みたいな上へ上へ這い上がることだと勘違いされると微妙ですが、ゼランドは「快適」で抵抗がないエネルギー状態のことを言っています。

 

今回の話で、一般的に全然知られていないポイントとしては、問題のあるマネキンや映画の内容に働きかけて変えるのではなくて、自分から不快なマネキン自体を抜けて、別のマネキンや映画に移動する必要があるというところです。

それは、意識体だからできることです。

そうすると、やはり私たちの本当の正体は別次元にいるんじゃね?という感じがしてきますw

意識体だからできることが高次元のテクニックで、その高次元のテクニックを使って遊ぶのがこの世ゲームの種明かしだと言えます。

この世にある脳の実験みたいなので、手やマウス、キーボード、コントローラーとかを使わないで、脳内だけのイメージでコンピューターやゲームを動かすみたいな実験がありますが、今の私たちの意識(本当の正体)が実際にやっていることはそれと同じでしょう。

3次元の物質世界での私たちは肉体を持っていて、五感があったり五体満足で自由に動かせますが、それがないのと同じ感じで全部意識だけでプレイするということです。

 

●思い込みのせいで毎秒似たようなところしか移動していない

ほとんどの人間たちは、通常1秒後は1秒前と同じ状態で同じ肉体の状態で同じ固定化された一人の人物だと思い込んでいます。

なので、せっかく毎秒の移動ができるにもかかわらず、いつも似たようなところしか移動していないというのが現状です。

全然変化を感じないし、病気とか不幸も治らないと思い込んで同じ似たようなセクターしか移動していないから、突然大きく変わるわけはないし、良い兆しが出てきたとしても変わったことすら気づかないということです。

病気に関しては、魂の青写真みたいなので、今世は治らない台本を疑似体験すると決めてきている人もいる可能性があるので例外はあるでしょう。

しかし、そうだとしても、そもそも全員に無限のパターンを選べる権利があるので、集合意識の中にある全体合意設定というこの世ゲームのルールでもあるコンセンサスを超えることができて、無限性を受け入れることができるなら不可能はないと言えます。

コンセンサスというのは、人間は2本脚で歩く生命体で足が地面につく、血は赤い、100度で水は沸騰するとか誰もが共通で持っているこの世の常識みたいな地球に住むにあたって当たり前田のクラッカーの概念のことです。

人間が空を飛べるわけがないと思い込んでいるのもそのうちの1つです。

ちなみに、スプーン曲げみたいな超人系の能力みたいなものは、コンセンサスを超えたセクターの映画に飛んだから実現することです。

または、最初から曲げておいたスプーンを隠し持ってて手品のようにどこかから出しただけですw

また、人間の潜在意識には生存のために同じ状態を維持するという機能も備わっています。

だから、余計に普段と変わらない安定した道を選びやすくなって、そのせいで全然移動していないという結果になりがちです。

それとコンセンサスが大きな幅のセクター移動の邪魔になっていると言えます。

 

 

●意識がマネキンを選んでいる

夢の中で映画の一つを見ると、意識があなたのマネキンを見つけます。

「夢の中で」というのは、この世のことです。

この世は夢です。

たった一つの意識が見ている夢だという意味です。

夢じゃない本当の現実はどこにあるんですか?というと、本当の現実というのも実際にはありませんw

「現実」という言葉もコードワードです。

コードワード、言葉は、人の主観によってどうにもで意味付けすることができます。

たぶん、無限の情報が詰まっているバリアント空間の中に意識のスポットライトを当てて、そこから実(映画)を選んで3次元の物質世界にホログラムで現すことを「現実」と言っているのではないかと思います。

 

「夢の中で映画の一つを見る」というのは、この世の中でバリアント空間にある無限の数ある映画のうちの1つを見るということです。

意識がバリアント空間にある無限の映画の中から、1つの映画にスポットライトを当てることで、それが現実化、物質化して上映されます。

すると、意識はマネキンというアバターを通して、3次元の物質世界の中で人生として体験できるということです。

この間まで考察してきた巨大デクラッチョ動画(フラクタル心理学)風にいうと、思考のボールの量が最大になった時に、スポットライトが当たったのと同じ状態になるので、質量が発生して現実化、物質化して3次元の物質世界で五感で感じたり体験するという形になって出てきます。

意識が映画にスポットライトを当てて選んだのと同時に、その中からマネキンも見つけるということです。

意識がマネキンを選んでいるというのがポイントです。

マネキンとは映画の中に出てくる登場人物のことです。

私たちの本当の正体である意識がマネキンを選ぶことで初めてマネキンというアバターを使って、人間という表現ができるようになります。

意識は、その登場人物の特徴を持った人間になって表現をすることになります。

それが今の自分だと思っている存在です。

ここでの注意ポイントは、その映画、登場人物一人だけで一生一直線で進んで行ってしまうのではありません。

先ほどマネキンのところで話したように、毎秒、いつでも映画、マネキンを選び直して切り替えられます。

それを覚えておいて下さい。

マネキンや台本を乗り換えないとトランサーフィンの意味がありませんw

 

トランサーフィンにたどり着いた人は、トランサーフィンに出会う映画の中の登場人物、マネキンに現在憑依しています。

それだけでもかなりラッキーでしょうw

この先乗り換えをすることができるから、今そういう映画に入っていると言えます。

そういう映画にいない人はこんな話をしても興味ないし、いくら説明したりどんだけ素晴らしいと言ってお勧めしても拒絶してきたりアンチしてきたり、さっぱり理解できないと思います。

人生は④ぬ日まで最初から決まっていると言っている人は、そういう台本とマネキンの映画に入っています。

 

これはトランサーフィンだけに限らず、この概念と正反対の内容やどの分野の概念、思想、理論にも言えます。

どれも台本通りで、その人たちにはその台本を表現する必要があるからそれに出会っていると言えます。

たった一つの意識は、3次元の物質世界でいろいろなことを表現したいので、何を表現しても宇宙のためになっていますw

 

今回は2行の解説だけで終わってしまいましたw

この続きは次の記事になります。

 

 

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