振り子に本当の自分ではない何者かにされている、自分の中に「無限の力」のエネルギーソースが確保されているか確認する方法、「無限の力」のエネルギーソースの枯渇は異常事態

今回は、「重荷」に関係する補足みたいな感じの話です。本当の姿を知ることから始まる、私たちは振り子に本当の自分ではない何者かにされている、「無限の力」のエネルギーソースを確保はこの世で自由に活動するための命綱のようなもの、「無限の力」のエネルギーソースは幸運の波に乗るにも必要、自分の中に「無限の力」のエネルギーソースがが確保されているか確認する方法、「無限の力」のエネルギーソースの枯渇は異常事態、などです。

 

この世の真実

本当の姿を知ることから始まる

こちらはこの間出てきた「無限の力」のエネルギーソースが与えてくれる恩恵ですが、実はこれが私たちの本当の姿です。

セルフトランサーフィン下 P420

元気さ、活力、陽気さ、楽観主義、欲求、瞬発力、それに山を動かせるかのような感覚の源です。

 

トランサーフィンでは、自分を変えるのではなくて「自分に戻る」と言われていますが、それが この「無限の力」のエネルギー状態に戻る ことです。

 

実際に、「自分」というものは、個としての人間の自分のことをいっているわけではありません。

個になる前の大いなる源、たった一つの意識、情報システム本体、無限のエネルギーのことです。

それが枝分かれして、個別の視点を持ったのが、今の個としての人間の自分です。

個になる前の大いなる源(たった一つの意識)の正体は、高次元のスーパーウルトラコンピューターみたいなものだと推測できます。

なので、人物像としての「神」みたいなものがいたり、本当の自分である誰かがいるわけではないのでご注意くださいw

高次元のコンピューターだから、無限に好きなようにどういう状態にでもなれるということです。

それが「無限の力」です。

 

私たちは振り子に本当の自分ではない何者かにされている

「重荷」の方向に進むと、振り子によって、「無限の力」のエネルギー状態ではない性格や特徴にされて、固定されてしまいます。

振り子によって勝手に決めつれられている性格や特徴の例は、私はこういう性格です、MBTIでは●●です、占いでは●●だから、私って子供のころからこうだから、私には能力がない、よく●●って言われるんです、私はこういう星の元に生まれてきたから仕方がありません、ひどい環境で育ったから、みたいなのがそうです。

それが、登場人物です。

本当の正体は、「無限の力」なのに、振り子によって登場人物の型にはめられているということです。

それがこの世ゲームですw

 

登場人物ではなくて、本当の正体である「無限の力」のエネルギーそのものの状態になると、「重荷」を背負う登場人物のように有限で型にはまった性格や特徴、能力ではなくて、あらゆる能力、表現に無限の可能性を持つようになります。

それは、登場人物から想像できないので、自分には無理だとか、縁がないことだと思い込んでいます。

しかし、「無限の力」には不可能なしで全知全能ですw

寝ている間に見る夢の中では、ありえないことが起きたり何でもできますが、この世もそれと同じ作りなので、想像できることは何でもできるということです。

 

「無限の力」のエネルギーソースを確保はこの世で自由に活動するための命綱のようなもの

「無限の力」のエネルギーソースを確保することは、全知全能の無限の力を持つ本来の自分の姿で居続けることと同じです。

エネルギーソースの確保して、この状態

元気さ、活力、陽気さ、楽観主義、欲求、瞬発力、それに山を動かせるかのような感覚の源です。 

で満たされているなら、体験、物質的なことや現象、出来事などのすべてが自動的についてきます。

しかも、本当の自分である「無限の力」のエネルギーでいると、 自分が最大限能力を発揮してのびのびと自己表現して輝ける、自分のために用意されているセクターに行ける確率が跳ね上がります。 

いろいろな願望実現法や努力をしたりいろいろやっても、願いが叶わない、実現しないのは、エネルギーソースの確保ができていなくて「重荷」を背負っているからですが、登場人物のままやっているからというのもあります。

その登場人物自体が、願いが叶わないで苦労して苦しんでエネルギーを吸い取られる台本だと決まっているからです。

 

「無限の力」のエネルギーソースがこの世で自由に活動するための命綱みたいなものです。

 

自分のために用意されているセクターに行くには、まず、「無限の力」のエネルギーソースを確保してないと無理です。

1滴でもいいから流れてきていることが必須で、それを使って移動するようなものだからです。

どうやってそういうことをするかの詳細は、トランサーフィン2を見ていただくといいかもしれません。

誰にでも自分のために用意されている「自分だけが光り輝くセクター」があります。

 

トランサーフィン2は、まだ半分くらいまでしか読んでいませんが、すごすぎでしたw

2は、1の時より内容がより一層奥深くなって、より具体的になっていますw

本当にこの世の取り扱い説明書、魔法使いの教科書という感じですw

しかし、2のすごさは、1を読んでちゃんと理解している土台がないとわからないかもしれませんw

1を知らない人が、2だけを見たら何言っているかわからないかと思いますw

 

超能力というのは、3次元の物質世界の世界観からの目線で見ると超な能力ですが、イデア界からしたら当たり前田のクラッカーです。

物を触らないで浮かせるとかは、イデア界からその浮かせたい物だけの層に意識を当てて、そのコマに意識が移動しているみたいです。

マトリックスのスプーン曲げシーンで、子供がスプーンを曲げるんじゃないと言っているのとまったく同じですw

あれは詳細は話されていませんが、遠回しなデクラッチョですw

意識がもうすでに曲がっているコマに移動するだけということが、あのシーンに隠されていますw

スプーンを曲げようとしているときは、登場人物です。

登場人物の時は、3次元の物質世界から、物理的な力で働きかけています。

実際に触って力で折り曲げることはできますが、触らないで曲げるというのは、イデア界からしかできません。

力づくで触って折り曲げるのがフォースの領域です。

それは、そうとうな力がいるし手が痛くなりますw

下手したら折れて手を切って大ケガをする可能性もありますw

もうすでに曲がっているコマに移動というのは、イデア界から意識でやります。

曲がっていく段階は、意識が1つ1つコマを移動しているのが3次元の物質世界でホログラムとして出ているだけだということです。

イデア界からは、曲げているのではありません。

3次元の物質世界で起きている映画は何も変えないで、ただ自分の意識だけが座標移動(コマ移動)します。

これが魔法みたいなところですw

なので、本当に目に見えている物質世界というのは、なんの影響も与えていません。

全部意識だけがやっています。

しかし、人間は、そんなことを知りもしないし言っても信じませんw

 

 

現実の動かし方もスプーン曲げと全く同じです。

イデア界のほうから、意識の中で先に作っておくだけです。

作っておけば、あとから勝手にそれに切り替わるということです。

作るというか、想像できることは、もうすでにその映画が存在する証拠なので、そこに移動しているのでしょう。

 魂と理性が完全に一致したときに移動が起こる そうです。

その移動が、トランサーフィン1に出てきた同じ感情が繰り返されるとその周波数に固定され、もっとそれが待ち構えているセクターへ移動するというやつです。

なので、「無限の力」のエネルギーソースが確保されているなら、理性がそれに一致した瞬間にすぐに移動することがわかります。

もちろん、そんなことをするには、細く流れてきている「無限の力」のエネルギーソースを確保することは必須です。

振り子の支配下では無理ですw

だから、「無限の力」のエネルギーソースを確保しておくに越したことはないということです。

 

 理性はいつも完全に振り子に支配されているので、その支配から逃れた時に、効果が出る と言えます。

だから「重荷」なんか背負っている場合ではないということですw

一刻も早く捨て去り、「無限の力」のエネルギーソースを1滴でもいいから取り戻す必要がありますw

1滴でもあれば、すぐにそれで満たされて、振り子が入るスキがなくなります。

 

 

「無限の力」のエネルギーソースは幸運の波に乗るにも必要

「無限の力」のエネルギーソースをは、トランサーフィン1にも出てきた「幸運の波」に乗るにも必要です。

振り子の支配下だったら気づくことはありません。

確保していない場合は、振り子に周波数を別の目的に行くように固定されています。

そっちのほうを美味しいものだと勘違いさせて、釣りエサのように目の前につる下げて食いつかせるように仕向けてきていますw

さらに、「重荷」の壁に囲まれているので、余計に見えなくなります。

 

さらに、快適なもの、よきものに興味を持っていないと、「幸運の波」の連続に乗ることもできません。

「幸運の波」というのは、1回だけではなくて、連続でやってきます。

幸運の波は、1つ見つけた幸運の波を喜ぶことで、連鎖で次のラインに連れていかれての繰り返しで進んでいきます。

なので、いいことなんか何1つないと不平不満、文句、愚痴、泣き言、悪口しか言わないような、アドバンテージの法則(いいこと、ましなこと、ありがたいこと探し)ができない状態なら「幸運の波」とは無縁ですw

 

「無限の力」のエネルギーソースを確保していて、 自分がこの状態 

元気さ、活力、陽気さ、楽観主義、欲求、瞬発力、それに山を動かせるかのような感覚の源です。 

 を発してないと、そのラインに同調できない ということです。

 

この世のすべては、ただ何かに「同調」するだけとも言えます。

単純に、 何に同調するかで、そのラインに進みます。 

それで体験の内容が決まっています。

「同調」というのは、周波数のチューニングのことでもあります。

ラジオの周波数をどのチャンネルに合わせるかみたいな感じです。

人間たちが大好きな同調圧力も、自分が圧力をかけてくる集団に周波数をチューニングして同調したから、その圧力をかけてくる集団と同じことを体験することになりますw

「重荷」がまさにそれですw

 

 

自分の中に「無限の力」のエネルギーソースがが確保されているか確認する方法

こういうい言葉を見たり、聞いて

元気さ、活力、陽気さ、楽観主義、欲求、瞬発力、それに山を動かせるかのような感覚の源です。 

絶対そっちのほうが心地良い!気持ちいい!活性化されて鼓舞される感じがする、そっちのほうが本当の自分だと感じるなら、今の自分の中に「無限の力」のエネルギーソースは確保されています。

確保されている場合は、快適な話、吉報、ユーモアあふれる楽しい話、建設的で可能性が広がる話、快適なものや内容に興味を持ちます。

柔軟性のある視野、思考で大きな器になります。

 

しかし、もうそういう言葉見たくもない、聞きたくもない、キレイごと言いやがって、ポジティブすぎて怖い、そんなことよりも私のこの苦しみわかってほしい、そんなのは自分とは無縁な言葉に聞こえるなどの不快感を感じるなら、「無限の力」のエネルギーソースは全部「重荷」の「負荷」処理に使い果たされていて枯渇しています。

枯渇している場合は、恐怖情報、悪口、噂話、誰があれしたこうした、あいつは悪いことをしているなどのあら探し、ダメ出し、ミスの指摘、批判、人の失敗話、、怖い事件、問題、過去の話、不快なものや悲観的な内容などに興味を持ちます。

金、名声、ステータス、数字、評価、物、人への支配欲、所有欲、独占欲も出ます。

すぐにパっと反応し、食いつき口調でカっとして戦闘態勢でギャンギャン大騒ぎします。

自分がやってきたこと、知っていることがすべてで正しいと思い込んでいる狭い器なので、すぐに白黒ジャッジ、決めつけ、ラベリングをします。

枯渇していると、ろくなことがありませんw

しかし、そういう人たちは、もともとそういう性格、特徴なのではありません。

ただ「無限の力」のエネルギーソースの確保ができていないからそうなってしまっています。

そういう人たちも本当の姿はこれです。

元気さ、活力、陽気さ、楽観主義、欲求、瞬発力、それに山を動かせるかのような感覚の源です。 

 

 

「無限の力」のエネルギーソースの枯渇は異常事態

「枯渇」している場合は、振り子に操られてそれを美化している場合ではありませんw

まずは、その異常事態に気づいて、正常な状態を取り戻すことから始まります。

社会的に正しい、優秀、そうでなくてはならない!人間としてとかではなくて、人間を超えた本当の姿である魂(無限の力のエネルギー)として、どっちが正常なのかを知る必要もありますw

 

 

最後に1つ注意点を追加しますw

今までの話から、「重荷、無限の力、のエネルギーソースの確保の大切さについてはよくわかりました、今の仕事は完全に重荷なので、辞表出してきます」となる前に、1つ思い出してほしいことがありますw

「無限の力」を発揮できる映画に進むまで、 現在上映中の映画の流れには、自然な状態で乗っている必要があります。 

人生というのは、映画の連結の1本のラインでできています。

変えるのは、現在上映中の映画の中身ではありません。この先のまだ上映されていない部分です。

そこに新しい内容を連結するということです。

現在上映中の台本はもう変えられません。

 もし、現在上映中の映画の内容を変えようとして他人や環境に働きかけて抗った場合、逆に世界から追いやられるような展開になるので注意が必要です。 

その場合は「重荷」以上の苦しみを味わうことになります。

それこそ「破綻」です。

 

ゼランドは、頭と手をリースで貸すことはあっても心の中だけは開放しておけみたいなことを言っていました。

それはどういうことかというと、生活のためにそんなに好きではない会社に勤めていても、心が振り子に支配されて操られていなければ問題ないということです。

いくら嫌な現状でも、次の無限の可能性の道につながっている大切な道です。

今の道以外に次の道に続くものがないということです。

今の上映中の映画では、今納得がいかない仕事で生活費を稼いで生きている映画でも、その先の連結さえ変われば、今の道のことなど後でどうでもよくなるということです。

しかも、3次元の物質世界では、急激に夢のように明日から会社辞めて好きなことだけで生きています!みたいに切り替わるわけではありません。

徐々に趣味でやっていた動画が伸び始めて収入が入るようになってきたり、などなんらかの前触れみたいなのがまず先に表れます。

その時点ですぐに会社を辞めるのも危険ですw

よくあるあるが、そこで1本に絞って生きていこうと思ってやめると、伸びがピッタリ止まるという現象ですw

 

イデア界で新しい映画に同調して、その座標に移動し、あとは上映されるだけみたいな準備が完全に出来上がっていて、しかも自分が本当にそれを受け取る価値がある人間なんだみたいな覚悟ができていないとそうならないというのがあります。

それもトランサーフィン2に書かれています。

そこではその覚悟のことを「所有し、行動する決意」という表現がされています。

「無限の力」のエネルギーソースを確保していることで、そう思えるようになります。

確保できていないなら、そう思えないということです。

なので、確保できていない場合は、いくら頑張っても、今の自分が思っているそれなりの自己評価の価値までしか金も何もかも入ってこないということです。

 

数字、評価とかを気にしている時は、まだ「所有し、行動する決意」の覚悟も完全ではなく、イデア界でのスライドの中身も出来上がっていなくて不安定な証拠です。

「無限の力」のエネルギーソースの確保ができていない状態で会社を辞めたとたん、振り子によって本当にこれだけでやっていけるか?という新しい不安や悩みも作られます。

なので、まずは、「無限の力」のエネルギーソースを確保し、イデア界での土台がしっかり固まってから実行したほうが安全だということです。

その行動は、「無限の力」のエネルギーソースなしのエゴで自分であれこれ考えてやろうとするのではありません。

「無限の力」のエネルギーソースを確保しているなら、イデア界であとは上映するだけだというところまで完成した準備が整った時が来ると、自動的に動かされるのでわかります。

エゴの理性、感情で動くのではなく、魂(潜在意識)が自動的に動かしてくるまで待つほうが賢明でしょう。

その時は、考えたり、悩みが入るスキもなく気づいたら動いています。

 

「重荷」を完全に排除しなくてはならない!とか、重荷だから今すぐ仕事をやめますみたいな白黒極端な考えにも注意しましょう。

「重荷」を持つことがいけないことだという重要性を作ると、、まだ「重荷」を持ち続けている自分を責めるというまた別の重荷が発生します。

たしかに0になるに越したことはありません。

しかし、「重荷」を完全排除とか、今すぐ仕事を辞めるみたいな極端な大きい発想ではなくて、ちょっと無理してやろうとしていた計画、遠すぎる未来の計画、やろうとしていてやっていないあってもなくても変わらないような課題みたいな、すぐ実現しないやめられるものからやめていくだけでも、かなり違うということです。

要は、脳内になんか後を引く感じがあることが、エネルギーを吸い取っているので、スッキリと片付けて後味を良くしておくという感じです。

 

「排除」というよりは、「無限の力」のエネルギーソースを確保しているだけで、自動的に消えてこれからは入ってこなくなりますw

それほど簡単なことはありませんw

確保さえしていれば、すぐに手放したくなる「重荷」がどれかわかりますw

 

常に振り子の釣り針に引っかからないことから始めれば、「重荷」に発展することはありません。

それには日ごろから、時々登場人物を抜け出して目を覚ます回数を増やす必要があります。

その時も毛嫌いして振り子を怖がって避けるのではなくて、振り子の存在は認めてあげて、あなたはそこに存在して大衆のエネルギーを吸い取っていていてもいいけど、自分はそんなことにひっかかりませんよみたいな感じがベストです。

 

 

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